香苗が言った。
「今日は一人じゃないんだ」
「おい、友達でも連れてきたんじゃないだろうな」
「違うよ」
　香苗に続いて事務所に入ってきたのは、白髪を短く刈った老人だった。
　日村は思わず立ち上がっていた。品のあるたたずまいは、ホテルマンか何かのようだが、妙に貫禄があった。
「お初にお目にかかります」
　老人は言った。「孫の香苗がいつもお世話になっております」
「あ……」
　日村は言った。「おじいさんですか。日村と申します」
「坂本源次（げんじ）です」
「たしか、喫茶店のマスターでしたね？」
「はい。親分さんには、昔からご贔屓（ひいき）にしていただいております」
　香苗が言う。
「今日は、おじいちゃんがいれたコーヒーを持ってきたんだ」
　坂本源次が保温ポットを差し出す。
「よろしければ、みなさんでお召し上がりください」
　稔がそれを受け取る。
　日村は礼を言って、来客用のソファに座るように言った。
「いえ、私はこのままでけっこうです」
「客に茶も出さないとあっては、我々の恥になりますんで」
　坂本源次はほほえんだ。
「喫茶店の店主に茶をお出しになるんで……」
　日村は笑みを返す。
「相手が誰でもお出しします」
　そのとき、奥の部屋のドアが開いて、阿岐本が出てきた。