第5回野間出版文化賞の贈呈式での黒柳徹子さん(撮影◎本社 奥西義和)
国内で800万部、海外では2500万部のベストセラーとなり、多くの人々に愛される物語。その続篇を上梓した黒柳徹子さんは長年、ユニセフの親善大使として世界中の戦争や飢餓、病気などで苦しむ子どもたちを支える活動を続けています。徹子さんが変わらず抱く思いとは(構成=篠藤ゆり)

戦争のことを書こうと決心して

42年前に出版された『窓ぎわのトットちゃん』では、トモエ学園に通っていた小学校時代のことを書きましたが、青森へ疎開するところで終わっています。

どう考えてもあれよりおもしろいものは書けないと思っていたんですけど、考えてみたら、父の出征や疎開先での経験とか、戦争中のことはぜんぜん書いていなかったんですね。

やっぱり戦争のこと、敗戦後の経験、そしてもう少し成長したトットのことを知っていただこうと思って、『続 窓ぎわのトットちゃん』を書きました。

戦争が始まってしばらくたつと、子ども心に、世の中がどんどん変わっていくのを感じました。何かを買うとき、必ず並ばなきゃいけないとか。そのうち、並んでも何しても、食料もモノも手に入らなくなる時代が来て。食べられるものが、1日に大豆15粒だけだった日々もありました。

戦争中のことを書いている途中、いろいろなことを思い出し、本当にイヤな時代だったとつくづく思いました。今も心にずっと棘みたいに刺さっているのが、小学生のころ、駅前で出征兵士を見送る人たちを見かけて、一緒になって日の丸の小旗を振って「バンザ~イ!」と大声をあげたこと。

小旗と一緒にスルメを1切れもらえたので、お腹がすいていた私はスルメ欲しさに思わず小旗を受け取ったんです。その後も何度かバンザイをしに駅前に行ったことを、今でも後悔しています。それを私は自分の「戦争責任」だと思って今日まで生きてきたのです。