「起きてから寝るまでずっと虫のことばかりできて幸せですが、肩こりがひどい」と養老さん。2023年8月、箱根にて(撮影:本社・奥西義和)
解剖学者として、生と死に向き合ってきた養老孟司さん。自身の大病や愛猫との別れを経験した86歳のいま、日々感じていることとは(撮影=本社・奥西義和 構成=山田真理)

欲には限りがない

鎌倉の自宅と18年前に建てた箱根の別荘を、おおむね週の半分ずつ往復して暮らしています。

箱根には一人で行き、もっぱら昆虫の標本を作っているんです。70代までは、すすきの原っぱを抜け、イノシシの足跡が残るような山道で虫採りをしていたけど、体力が落ちてきたのでやめました。これまで国内外で採集した虫と、人に譲られた虫が大量にあるので、その整理のために生きているようなものです。(笑)

やることは毎日山のようにあるから、朝目覚めたら「今日は何をするか」、頭の中で段取りを考えなきゃならない。まずやるのは、ホットプレートのスイッチを入れること。私が好きなゾウムシなどの小さな甲虫は紙に糊付けして標本にしますが、糊の湿気でカビが生えてしまわないようホットプレートで乾かすんです。

以前はタコ焼き用の安いのを使っていたんだけど、朝から晩まで点けっぱなしにしたら壊れたので、今はスープも作れるという高級なものを使っています(笑)。乾いたら針を刺して標本箱に並べますが、肢がとれたりすると面倒なことになるから、一つひとつ丁寧に。終わりがないので修行のよう。これでは寿命が足りませんよ。

好きなだけ時間が使えるのはいいのですが、細かい作業で肩がこるから用心して休んでは、外を散歩します。標高700メートルの場所なので夏は涼しくて快適だけれど、冬は寒くて散歩がおっくうになるのが困りもの。春になればなったで虫を採りたくなるし、欲には限りがないなと思います。

開業医の母が診療所兼自宅を建てた鎌倉は緑が多く、幼少時からよく虫採りをしたものでした。小学生のころ、裏山でミヤマクワガタを見つけたとき、心臓が口から飛び出すかと思うくらい胸が高鳴ったことを覚えています。

虫の面白さは、簡単に言語化できません。形や色も多様で、人間が作ろうとしたってできやしない。「この場所に行けば採れる」と思ってもダメで、思い通りにいかないところもまた面白いんです。