医師の答えの歯切れが悪く
年末に近づいて、検査結果がよくなかったとみえて主治医の言葉が曖昧になってきたころから、妻の診察には必ず私か、私の都合が合わない時には息子が付き添うようになった。
こちらから質問しても、医師の答えの歯切れが悪くなってきた。そして、「念のために、MRI検査をしてみましょう」ということになった。そして、その結果が出ると、「CT検査もしてみましょう」と言い出した。
家族は、よくはわからないまま、不安に駆られた。職業柄、何かと緻密に調べることを好む息子は癌関係の本を何冊も読んで妻の状況があまりよくないこと、かなり深刻な状態であることを察知して、私や娘にあれこれと知識を示すようになった。私たちにも深刻さが理解できるようになった。
だが、その時も、妻は特に慌てる様子もなく、深刻にとらえる様子もなく、いつも通り、お笑い番組を見ては大声で笑い転げ、連続ドラマを見ては、「そんなバカなことはあり得ない」「脚本がなってない」などと辛辣な意見を口にした。
ニュースを見ては総理大臣や都知事や様々な役職の人を批判していた。動植物や寺院仏閣を取材した番組を録画して好んで見ていたが、以前と同じようにいつのまにか眠りこんでいることも多かった。夜も、私が眠れずにいる時にもすぐに寝息を立てた。健康なころとまったく変わりのない生活をしていた。
2022年の1月、検査の結果、再発が確認された。遠回しの表現だったが、「完治はできない。これから癌が広がらないようにできるだけの治療はするが、これまでよりもひどい副作用に苦しむ恐れがある。これからは癌とともに生きていくしかない」ということが伝えられた。