彼らの芸術は特別なもの

普通なら見るのも辛くなる展開だが、ミュージカル版では妹ネティとの幸せな時間を彩る美しい音楽や、やがて現れるパワフルな女たちの歌がこの作品を見事なエンターテインメントにしている。

その合間には父親に乱暴されそうになってセリーを頼ってきたネティをまたミスターが狙い、拒まれて逆上。ネティを追い出したり、その後セリーに届いたネティの手紙を隠し続けたり。酷いことが満載なのだが、引き込まれて見てしまうのは、この映画の力である。

しかし、アメリカの黒人社会の凄絶な歴史を知らないと、日本人には「遠すぎる話」になるかもしれない。

簡単に説明するが、アメリカに売られた黒人の悲劇は15世紀ごろに始まる。「奴隷海岸」と言われるアフリカ西部の大西洋岸で多くの黒人が捕らえられ、新大陸アメリカに奴隷として送られたのだ。  

この歴史はA・ヘイリー原作のテレビシリーズ『ROOTS』に詳しく描かれているので、ぜひご覧いただきたい。「奴隷に人権なし」の辛すぎる生活は19世紀の南北戦争まで400年近く続いた。

余りにも過重な労働をこなすために歌った曲がブルースとなり、教会ではゴスペルが生まれ、後にジャズや独特のダンスとなっていく。彼らの芸術は実にパワフルで魅力的だが、悲惨な差別や労働を耐え抜き、闘って権利を勝ち取った歴史の賜だ。だから安易に真似しようとしてもできない。そのくらい特別なもの。