ベタ惚れした津村と結婚

さらに吉村が世に出る前から編集者としてつき合いのあった文芸評論家の大村彦次郎は、「吉村さんのけじめのつけかたのきびしさに、思わず驚いたほどでした」と弔辞で述べた。

菊池寛賞を受賞した代表作『戦艦武蔵』や『関東大震災』などの一連のドキュメント作品、読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞を受賞した『破獄』といった小説や、記録文学の大家としての業績の印象もあるかもしれない。

もちろんそういう一面は確かにあるだろう。

だが私生活となると、イメージはくつがえされる。

吉村が津村にベタ惚れで結婚したというのは事実のようだ。昭和ひと桁生まれの日本男児にもかかわらず、

〈「アバタもエクボ」式のほとんどベタ惚れの域〉(『蟹の縦ばい』中公文庫)と自身の筆でも書いている。

精神科医の斎藤茂太と評論家の渋沢秀雄との鼎談では、次のように語っている。

〈私の場合はよく冷静だと人にいわれるんですけど、決して冷静じゃなくて、私は女房に惚れ過ぎるぐらい惚れちゃっていっしょになりました。(笑)〉(「素敵な女性」昭和54年12月号)

それに対して斎藤に、作品同様、女性の問題でも非常に慎重だとにらんでいますと言われている。

『吉村昭と津村節子――波瀾万丈おしどり夫婦』(著:谷口桂子/新潮社)