恋多き女
東 そうそう。テレビに出るなんて考えていなかったので、彼が引き上げてくれたのはとてもうれしかったんだけど、まさか自分が子どもを産むとは思っていなかった。ただ30歳を前にして、母に孫の顔を見せてあげたくなっちゃったのよね。それで29歳の自分の誕生日と同じ日に娘を授かったら、これがかわいくて子育てを楽しんでた。
松平 彼は初婚だったの?
東 いえいえなんと4回目の結婚!私と別れてからまた結婚したみたいだから通算5回!
長谷 もてる人だったのね。
東 遊ぶのが大好きな人だったの。お金持ちだったし、男だったらあんな風に遊びたいと思うだろうなと思って私は別にそれを咎めたりはしなかったのよ。
松平 じゃあ、なんで…?
東 自分は遊ぶのに、私に対する束縛が半端なかった!
長谷 松平 あ~~、なるほど~~。
東 37歳のとき、私、この人と一緒にいたら40歳になれないなと感じた。こんなに束縛されるのはもうまっぴら。いっぱいいっぱいだった。離婚を切り出したら彼は強気でまったく本気にしていなかった。1人になったら、何もできないと思われていたんだと思う。でも、本気にはしなかったけど、お互いに離婚届にサインして、夜中に区役所に出しにいった。そして、翌日、2人でそろって取り下げに行けば、離婚届けは無効になるということを知っていて、2人で取り下げに行ったの。そんな茶番を2回繰り返して、3回目に本当に提出して離婚が成立。
松平 今のお相手は、とっても穏やかでいい方よね~~。おうちにお邪魔したときに、かきあげを作ってくれちゃって…。いい人と巡り合ったんだから、結果オーライよ。
長谷 直子ちゃんは恋多き女よね。(笑)
松平 私は今、3回目の結婚中です(笑)。1度目は、いわゆる年下の青年実業家で六本木でお店を経営している人だった。男気のある良い人だったけど、仕事柄お酒を凄く飲んで…。色々あったけど6年で離婚。2度目は、8歳年下の音楽家で、ご両親がとってもいい方たちで、私を娘のようにかわいがってくれたんだけど、彼自身がパニック障害を発症して、日常生活が営めないぐらい重く、1人で電車にも乗れず、隣に信頼してくれる人が乗っている車を自分で運転して移動するしかない。エレベーターにも乗れず、狭い部屋も無理。家のトイレやお風呂もドアを開けて入ってた。食事も嚥下困難があったから、私がすべて手作りして…。
東 彼の仕事の現場への送り迎えも全部やってたってことよね。
松平 ちょっと買い物に、と自分だけ家を出ることもできなかった。私も強かったから耐えられたんだと思うけど、6年経ったころから、私自身の体調が悪くなってきた。彼の症状も重くなっていって、当たりどころがないので私に当たるし、これはもう一緒にいられないなと…。そのころにまた出会いがあった。
長谷 恋多き女だからね。(笑)