認知症の父が、毎日車で出かけていく。運転をやめさせたい。やめさせなければ。筆者は1年かけて闘った。(文=田中亜希子)

「何言ってるんだ。変なことを言うな」

母子が犠牲となった池袋暴走事件の後も、依然として高齢者の運転事故は絶えない。報道を聞くたび私の心臓はぎゅっと縮む。被害者を悼む気持ちとともに、認知症と診断されてもなお、運転を続けようとする父に悩まされた毎日。あの日々に自分が引き戻されてしまうからだ──。

同居する父が運転をやめたのは2017年末、82歳の時だ。本格的な説得を始めてから1年が経っていた。

一般に、「運転が危なっかしくなっている」「認知症かもしれない」と家族が気づく頃には、事態はかなり深刻になっていると言われる。わが家の場合もそうだった。

はじまりは、数年前からたびたび父の車に同乗している親戚に、「道がわからない時があるようだ」と言われたこと。それまでも父に「そろそろ運転はやめたら?」と言っていたが、いつも答えは「何言ってるんだ。変なことを言うな」。対処に悩むうちに、もう運転は無理では、と感じる出来事がたて続けに起こった。

16年末の父の兄の通夜でのこと。何時間も前に車で家を出た父が、大幅に遅れてきた。通夜の前に兄の家に寄ろうとしていたらしいが、目指す家はもうない。何十年も前に引っ越した家を探して、さまよっていたのだ。

不安を感じたまま迎えた正月、父は例年のように一人で車に乗り遠方へ初詣に出かけた。が、夕方になっても帰宅しない。携帯に何度電話しても出ない。いよいよ警察に電話しようとしたところに、電車を使って帰ってきた。