森崎ウィン監督『せん』
映画は日本の里山の風景、お婆さん(中尾ミエ)の独唱で始まる。ラジオから流れる国際紛争、いつもと変わらぬ彼女の朝の支度への流れは、描写外の世界の歪さをサラリと伝えてくれる。ラジオのニュースは津田健次郎が声で出演して、臨場感を高めている。
ともすれば昔の教育映画風な収まりが良すぎる冒頭が、鍛え抜かれた中尾の歌声と抑制されたカメラ(撮影は花村也寸志)によって、絶妙なバランスを発揮する。
役場に勤め、いつもおばあちゃんの家に来る青年(鈴木伸之)は孫かと思うとそうではなく、家族とは離れて暮らしているようなのだ。孤独感に流されず、愚痴も漏らさず、淡々と日常を生きる老女を演じる中尾。
紛争地域の爆撃が激しくなるニュースがあり、夕暮れを迎えたラストカット。彼女の顔は『PLAN 75』での倍賞千恵子の表情に通じる、キャリアの長さと経験の深さで幕引きが出来る凄みである。
最初から最後まで響く上田一豪の作詞(脚本も)、小澤時史のスコアは“25分間続く1曲”と感じ、丁寧に日常のある「ここ」と紛争地帯の「そこ」というバランスを崩さずに音楽映画として撮り上げた森崎ウィンのセンスは注目だろう。
友情、恋愛、恐怖、音楽、さまざまなテーマによって彩られたアクターズ・ショート・フィルム4。レディメイドな映画に飽き足らないファン、新しい才能に触れたいファンはぜひ観てほしいオムニバスだ。