柵のない状態でライオンと遭遇したような恐ろしさ

九重親方の話は続きます。

九重親方:「かなりやばいやつも相手にしていたし、修羅場も潜り抜けてきたけど、師匠に会った瞬間『あ、この人には殺される』と思いましたね。眼だけで殺されそう(笑)。いままで見てきた“その筋”の人たちとはまったく違うオーラがあったんです。

たとえるなら、柵のない状態でライオンと遭遇したような。師匠は当時、現役を引退して1年ほどでしたから、体もごつくて、目つきも鋭い。『やっぱりすごいな、千代の富士は』と圧倒されましたね。

で、俺の目を見て『あんちゃん、何しに来たの?』と聞くんです。『相撲界に入りたいです』と言うと、『どうして?』と聞かれ『親孝行がしたい』と答えました。その瞬間、眉間のしわがスッとゆるんで、ニコーッと笑う。

『この子は頑張れそうだね』と言われたその言葉の響きが優しくて、もう一瞬で心をつかまれました。

師匠に会った瞬間『あ、この人には殺される』と思いました(写真提供:Photo AC)

でも、次に出た言葉が『まずは、その頭をどうにかして来い!』でした。俺的には不良の礼儀で、金髪に剃り込みのリーゼントをバシッと決めて、挨拶をしたつもりだったのですが、まさかのNG。なので、いったん大分に帰って頭を丸め、翌日にもう一度、挨拶に出向いたんです。すると、師匠は『剃ることはないだろ!』と叱りながら、うれしそうな顔をしてましたね。

その瞬間、『よし! この人の下で、俺は生まれ変わろう。いままでの自分は死んだ。これからは新しい自分になるんだ』と、肚(はら)が決まったんです」(以上、九重親方)