なぜ五回で終わったのか

さらに解説は「なぜ五回で終わったのか?」というテーマへ。そこで終わった理由を考えるには、単純に武田・上杉の事情以上に、時代背景が重要になるそう。

あらためて考えると、四次が行われたのは1561年、そして五次は1564年。実はこの直前のタイミングに、世の中がひっくり返る出来事が起きています。それが1560年の「桶狭間の戦い」です。

織田信長と今川義元の間で行われた有名な合戦ですが、結果もご存じの通り、信長が義元を討ち取るというジャイアントキリングが果たされました。

今川・北条と同盟を組んでいた信玄にとってその影響はもちろん大きく、同盟関係が終了した結果として、信玄は今川の地へ進攻。駿河をその手におさめます。

内陸に領土を持つ武田信玄にとって、塩が取れ、貿易の拠点となる海辺の地を手に入れるのは念願でした。一方で太平洋側に進出できた分、日本海側の重要度は下がり、戦いのリスクと、得られるメリットを天秤にかけて戦いを止めたのでは、というのが先生のご見解でした。