義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々舞い込んでくる。今度は町の小さなお寺!? 鐘の音がうるさいという近隣住民からのクレームに、ため息を吐く住職。常識が日々移り変わる時代のなか、一体何を廃し、何を残すべきなのか――。


     11

 稔はまたしても、車を絶妙な位置に停めた。車内から山門の前の様子は見えるが、向こうからはこちらが見えにくい。
 助手席の日村は言った。
「たしかに、ずいぶん人が増えていますね」
 阿岐本が、後部座席から言った。
「昨日はたしか、六人だったな?」
 日村は「はい」とこたえた。
「その中に、河合さんと山科さんの奥さんがいたんだね?」
「田代住職はそうおっしゃっていました」
「今日もいるかい?」
 日村は、集まっている人々を観察した。
「昨日と同じ中年女性がいますね」
 日村は若い頃に、人の顔を覚える訓練をした。稼業ではそれが必要なのだ。
 親戚筋の偉いさんの顔をしっかり覚えていないととんだ騒動になりかねない。失礼は許されないのだ。対立組織の連中の顔を覚えていないと命に関わる。
 また、人の顔と名前を覚えることで、それがシノギにつながることもある。
「あの二人が、河合さんと山科さんかな」
「おそらくは……」
「ふうん……」
「昨日はなかったプラカードがあります」
「どんなプラカードだ?」
「『騒音止めろ』というプラカードです」
「鐘の音にクレームをつけている連中だな」
「そうだと思います。田代住職が恐れていたことが現実になりつつあるのかもしれません」
「鐘の音にクレームをつけている連中と暴力団追放運動を始めた連中、新旧住民がいっしょになって西量寺を責め立てるというわけか」
「はい。田代住職は、それを恐れておいでの様子でした」
 阿岐本は黙り込んだ。何か考えている様子だ。
 日村は言った。
「それで、どうします?」
 まさか、二十人もの暴力団追放運動の人々の前に姿を現すようなことはしないだろうな……。日村はそれを心配していた。
 阿岐本が言った。
「飯にしようじゃねえか」
「飯ですか?」
「ああ、昼飯だ。こないだの鮨屋がいいな」
「わかりました」
 日村がうなずきかけると、稔は車を出して大通りの鮨屋に向かった。