ナチュラリストであり、動物研究家でエッセイストだった、ムツゴロウこと畑正憲さん。2023年4月5日に亡くなられたムツゴロウさんですが、実は無類の麻雀好きで、日本プロ麻雀連盟最高顧問という肩書もお持ちでした。そのムツゴロウさんの一周忌にあわせて刊行される『ムツゴロウ麻雀物語』より、「動物との交流もギャンブルも命がけだった」ムツゴロウさんの日々を紹介いたします。
「最近、あっちの方どうですか」
金ピカのレストランに、私だって年に何度かは座っていることがある。
随所に蘭(らん)の花が咲きこぼれ、高い天井に無数に吊(つ)るされているライトからは、やわらかい光が落ちてきている。一隅に置かれたピアノを奏でるのは、白いドレスを着た絶世の美女であり、鍵盤(けんばん)の上を舞うのは白魚のような細い指だ。
蝶(ちょう)ネクタイをして、ダークスーツに身をかためた男が、音もなく近寄ってきて、フォトアルバムほどあるメニューをうやうやしく差し出す。そして、ニヤリと笑って言うのである。
「最近、あっちの方どうですか」
両手を胸のあたりまで持ってきて、盛んに何かと掻(か)きまわす素振りをする。
「何かと忙しくて、ご無沙汰(ぶさた)してますなあ」
「そんなことないでしょう。今日もこれから約束があるんじゃないですか」
男は、片目をつむって、どーんと私の肩を叩(たた)くのである。親近感があふれていると言えばそれまでだが、折角のムードが壊れてしまい、場末のヤキトリ屋へ行っている感じがしてくるから妙だ。
私はワインに口をつけ、
「やりますか、一丁」
「ウヒヒヒ、いいスねッ」
そしてまた、ドーン、である。私の口の中で転がっている、決して安くないワインは、ぷーっと噴き出し、テーブルをよごしてしまうのだ。