作り上手の守り下手

問屋や流通筋のうけもよく、商品は全国のお店に並びました。発売直後は爆発的に売れました。一か月たったある日、追加注文がピタッと止まったのです。百福はスーパーの売り場を見て回りました。

陳列棚には一個二百円のカップライスがあふれるほど積まれていました。しかし、手に取る人はありません。一度はかごの中に入れた主婦が、しばらくすると戻ってきて、商品を棚に返したのです。

「どうして返されたのですか」と聞いてみました。

「高過ぎますわ。だってカップライス一個でラーメンが十食買えますから」

となりの棚で、ある会社が袋入りラーメンを五食百円で安売りしていたのです。

『チキンラーメンの女房 実録 安藤仁子』(著:安藤百福発明記念館/中央公論新社)

「よく考えると、ごはんは家でも炊けますからね」と、その主婦がつけ加えました。

百福は青くなりました。国のためという大義名分やマスコミの賞賛が、実は根も葉もないものと分かりました。消費者の支持のない商品が売れるはずはないのです。社内の反対を押し切って撤退を決意しました。

「経営は進むより退く方が難しい。撤退の時を逃がしたら、あとは泥沼でもがくしかない」

そう述懐しています。

もし多くの意見を聞いて決断を先に延ばしていたら、本業の即席麺まで危うくしたかもしれないのです。三十億円を投じた新鋭の設備は廃棄されました。自らまいた種とはいえ、創業者にしかできない苦渋の決断でした。

百福、またしても、「作り上手の守り下手」を発揮してしまったのです。

「やはりラーメンを粗末にしてはいけない。もう一度原点に戻ろう」

そんな社内方針が出されました。