私は伊豆の国市で劇団「いず夢」の設立にかかわり、活動を続けているので、若い劇団員たちもしょっちゅう出入りしています。私にとっては、「趣味=劇団」といった感じで、仕事とは別。夫が脚本を書き、私が演出をしています。

ついこの間も、劇団員の新婚カップルが遊びに来ました。2人とも20代。夫と新郎は、釣りの話で盛り上がっていましたよ。お互い、友だちどうしのようにタメ口で。

楽しく生きていくには、友人は大切です。言い換えると、友人を作るのは、「楽しく生きていく」ための終活なんですね。何歳になっても、人が好きで好奇心が旺盛だと、友だちは増えていきます。

 

かつては父母と同じ墓に入りたいと

お墓をどうするかについては、たまに夫と話します。夫は海が大好きで、ダイビングや釣りを楽しんできた人なので、「とにかく海に散骨してほしい」と。

夫の父親も、死んだら海に撒いてほしいと言っていたそうです。その願いをかなえるため、夫は何年かかけてお義父様が好きだった島や海岸などをまわり、自分で素潜りをして少しずつ海の底に置いてきました。だから自分も、そうしてほしいって。

今日も、「その気持ちは今も変わらないの?」と聞いたら、「変わらないよ」。「私が先に死んだら誰がやるの?」と聞いたら、「誰かがやってくれるよ」と、まぁ、のんきな答え。仮に私が残っても、私は素潜りなんてできないですしね。そんな感じで、2人とも浮世離れしているというか、この先のことに実感なさすぎ!(笑)

私自身は、お墓に関する考え方が最近変わってきました。そのことをお話しするには、母について触れないわけにはいきません。

母は実業家の跡取り息子だった父と結婚したのですが、父は戦後処理の激務がたたって、若くして亡くなってしまいました。母が25歳のときです。まだ幼子だった私を抱えた母は、しばらくそのまま藤田家で暮らし、舅、姑など藤田家の人を何人も見送って。その後、家を出て、私と2人で暮らすようになったのです。

藤田家では、父が亡くなった後、立派なお墓を建てました。私も小さい頃から何度かそこにお墓参りに行っていましたが、小学生の頃、母が突然、「お父さんはここにはいないから」と言い出したのです。「えっ、どういうこと?」と聞いたら、お骨は新潟の高田にある藤田一族の菩提寺に預けてある、と。

母は大家族に嫁ぎ、若くして夫を亡くし、苦労が多かったのでしょう。どうやら、舅姑が眠っているお墓に、父を入れたくなかったみたいです。そして自分も、そこに入るのはイヤだったんですね。