「独立樹」と「抽出樹」

樹林の記号とは別に定められていたのが「独立樹」と「抽出樹」だ。これは現在より地形図に「目標物」の機能が重視された時代ならではの記号で、集落を遠望した際にもこの記号があれば場所の特定が格段にしやすくなる。

「昭和40年図式」で廃止されたのですでに馴染みが薄くなってしまったが、図から風景を再現するのには実に役立つものであった。たとえば神社境内の巨大なシイの木(独立広葉樹)や、校庭に植えられたメタセコイアの木(独立針葉樹)などが印刷された図からは、昔の風景がにわかに眼前に浮かび上がってくる。

独立樹と抽出樹の違いはわかりにくいが、「明治42年図式」の解説書『地形図之読方』によれば、独立樹を「大ナル単独樹、或ハ樹林ヲ成スニ至ラサル樹木ノ集合ニシテ、目標ト成ルヘキモノヲ示ス。然レトモ所在ニ依リ樹木小ナリト雖、善良ノ目標ト成ルモノハ之ニ依リ示ス」としており、添えられたイラストには路傍に2本の杉らしき巨樹が描かれている。

これに対して抽出樹は「居住地森林等ヲ隔テテ能ク之ヲ望見スルコトヲ得ル最善良ノ目標ト成ル単独樹、或ハ二三株ノ集合ヲ示ス」との説明だ。

『地図記号のひみつ』(著:今尾恵介/中央公論新社)

イラストは遠望した農村らしき樹木の多い集落で、そこに描かれた木々の平均的樹高より抜きんでて(抽出の本来の意)高い木として示されているので、目標物としての機能をより多く期待したようだ。それでも両者の間に線を引くのは難しかったようで、「大正6年図式」では併せて「独立樹」にまとめてしまった。

ちなみに「明治42年図式」は「明治33年図式」とともに記号の種類が史上最も多く、他にも「孤竹」や「枯木、焼木林」さえ定められていた。特に「孤竹」は不思議で、そもそも竹という植物は地下茎で繋がって藪を成すものではないか。

私は見たことがないが、ネットの百科事典「コトバンク」で孤竹を調べると「たった一本だけ生えている竹」という説明が載っているからどこかに存在するのだろう。いずれにせよ明治33、42年の両図式だけに用いられた短命の記号であった。