通過困難の部

樹林記号と一緒に用いられたのが「通過困難の部」である。これは針葉樹林や広葉樹林の記号と同じ密度で点を置いたもので、旧版地形図で最初にこれを見た時には印刷の際のゴミと勘違いした。ゴミにしては点々がきれいに入っているので念のため確認してみたら、れっきとした記号で赤面した覚えがある。

陸地測量部内の資料である『地形図図式詳解』によれば、「樹林、竹林、荒地、矮松(ハイマツ)地、篠地等ニシテ通過極メテ困難ナルモノハ、地類記号ニ之ト概ネ同数ナル径零粍一五〔直径0.15ミリメートル=引用者注〕ノ円点ヲ交ヘテ之ヲ示スヘシ。但通過難易ノ判断ハ、軍装セル単独歩兵ノ行動ヲ以テ標準トスルモノトス」としている。

基準は行軍のプロである歩兵であるから、もちろん私のような素人ハイカーのレベルではない。道路や水路に沿って木を植えた並木にも独特な記号の用法があった。

つい最近の「平成21年図式」まではこの用法が行われていたのだが最新の「平成25年図式」には見当たらず、東京の表参道のような重厚なケヤキ並木の道も、その他の凡庸な道もただの2条線になってしまったのは誠に残念である。

それ以前はたとえば杉並木なら針葉樹林の記号、イチョウ並木なら広葉樹林の記号を道の両側に等間隔で配してそれなりの雰囲気があった。道路ばかりでなく水路端にも並木は植えられており、たとえば越後平野では刈り取った稲を干すための稲架(はさ)として用いたため、当地の旧版地形図にはこれが目立つ。

「昭和35年加除図式」以前は樹種にかかわらず小さな○印を等間隔で並べた「並木」という独立した記号があった(明治42年後半まで陸地測量部では「行樹(こうじゅ)」と称した)。

<『地図記号のひみつ』より>

ただし戦前の場合は景観を示す重要性はもちろん有しながらも、前出の『地形図図式詳解』では、「砕部〔細部〕ノ軍事上ニ於ケル価値」の章で並木を取り上げ、「開豁(かいかつ)地ヲ通スル道路ノ並木ハ航空機ニ対シ行軍縦隊ヲ掩蔽(えんぺい)スルノ利アリ」と、空から見えにくい隠れ場所としての重要性を指摘している。

視点が違えば同じ風景でも見えてくるものはずいぶんと違うものだ。