(写真提供:Photo AC)
地図を読む上で欠かせない、「地図記号」。2019年には「自然災害伝承碑」の記号が追加されるなど、社会の変化に応じて増減しているようです。半世紀をかけて古今東西の地図や時刻表、旅行ガイドブックなどを集めてきた「地図バカ」こと地図研究家の今尾恵介さんいわく、「地図というものは端的に表現するなら『この世を記号化したもの』だ」とのこと。今尾さんいわく「明治時代の地形図作りは銅版彫刻で始まった」そうで―― 。

地形図を作る「職人技」

明治時代の地形図作りは銅版彫刻で始まった。等高線から海岸線、道路や鉄道、そして文字(注記)に至るまで、各種の針や小刀といった道具を手に、銅版に直接彫りつけたのである。

その道具は特殊な用途のためほとんど自作で、たとえば道路の2条線を描く際には、2本の針を柄に縛り付けたものを用いた。ただし一部の記号は一つずつ描かず、スタンペルというハンコのようなものを槌(つち)で叩いて刻印していったという。

30年ほど前になるが、国土地理院の前身である戦前の陸地測量部に在籍した方に話を伺ったことがある。

最初の頃は銅版に直接彫ったので、鏡に写した状態で描かなければならない。文字も同様で、明朝体でも等線体(ゴシック体)でも、まるで活字のようにきれいにバランスよく、しかも「鏡文字」で彫刻した。

技術の修得は大変で、文字を鏡に写しながら繰り返し練習したそうだ。業務で常に鏡文字を書いている彼らは、ふつうの文字より鏡文字の方が上手だったという話が印象に残っている。

時代が下り、ケント紙に着墨する時代となり、これは昭和30年代まで続いた。さすがに鏡文字ではないが、文字には細線を書くための丸ペンを用いる。漢字の横線は横に構えた丸棒(細い円筒形の器具)に沿って引き、丸棒をわずかに転がして次の横線。

「鷹」の字のように横線が10本もある場合はその転がし方はほんのわずかで、市区町村名に用いる大きな文字、たとえば高さ3.5ミリの字であっても横線の間隔は約0.2ミリに過ぎない。それぞれの字によって間隔を適切に判断する。

縦線はフリーハンドで一気に引く。明朝体の場合は横線の数倍の太さがあるが、太いペンに持ち替えずに同じペンでそのまま平行線を重ね、求められる太さに仕上げる。払いや止めなどもすべてフリーハンドだ。まさに熟練の職人技である。