自然地名の表記

居住地名に対して「自然地名」は、利根川、谷川岳、佐多岬、層雲峡(そううんきょう)など山川湖沼など自然の地形に命名されたものだ。「平成25年図式」では、「山、岳、峰等」が8ポイント(2.8ミリ)、「尖峰、丘、塚等」が6ポイントとなっている。

なお、山岳名の「山の総称」は11ポイントと一回り大きい。たとえば富士山のピークである剣ヶ峯、噴火口北側の白山岳などの峰の名が8ポイントであるのに対し、それらを総称する「富士山」の注記は11ポイントで、字隔も大きく空いている。

現在では山岳関係と河川湖沼など水部関係のいずれにも、右に傾いた傾斜体(右傾斜体)の等線体が用いられている。

もともと水部の表記には反対側に傾いた左傾斜体の明朝体が「平成元年図式」まで用いられたが、山名はこれとは違う聳肩体(しょうけんたい)(右肩上がり)の等線体であった。

これは「昭和30年図式」からの採用だが、聳(そび)える山を表現するのにいかにもふさわしい表記だった。これが河川などと同じ右傾斜体に統一されてしまったのは惜しまれる(私の趣味ではあるが)。なお山名は戦前から標高による字大の分類があり、高い山ほど大きな字で表記されていた。

その他、河川や用水、沢、滝、半島などの水部、岩や鍾乳洞、温泉などの「陸域自然地名」も現在は多くが6ポイントである。

ただし、巨大な河川も川幅1メートルの支流のさらに支流も同じ字大では実態を反映せず、どうにも格好がつかないといった批判があり、河川の場合は図上の幅が30ミリ以上なら11ポイント、幅10ミリ以上は9ポイントなどと、当初決められた6ポイントより大きく表示する規定が後になって設けられた。

デジタル化に伴って簡略化が進められたのだが、画一的な字大では地図として判読しにくいという欠点が明らかになり、伝統的な表記に若干ではあるが戻った形である(現時点ではまだ全部が統一されてはいない)。

ちなみに地形図の世界では最初からメートル法が用いられてきた。当初はフランス式、後にプロイセン(ドイツ)式から学んだ影響であろう。

これがもし仮にイギリスから学んでいたとすれば、イギリスの指導で始まった鉄道業界が昭和5年(1930)までずっとマイル表記を続けていたのと同様、地形図でも少なくとも字大には当初からインチ系の単位であるポイントが用いられたのではないだろうか。

ところが最新の「平成25年図式」からポイント(72分の1インチ=約0.3528ミリに由来)が用いられている。コンピュータがアメリカを中心に発展した事情によるのだろうが、メートル法がすっかり定着した日本でポイントが幅を利かせているのは興味深い。

 

※本稿は、『地図記号のひみつ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


地図記号のひみつ』(著:今尾恵介/中央公論新社)

学校で習って、誰もが親しんでいる地図記号。地図記号からは、明治から令和に至る日本社会の変貌が読み取れるのだ。中学生の頃から地形図に親しんできた地図研究家が、地図記号の奥深い世界を紹介する。