ショーケン

以下、『課長の厄年』にまつわる、ショーケンとの交流に絞って書く。

ショーケンとの初対面は、1993年2月18日。白金の「都ホテル」のティー・ルームで会った。事務所の「アトリエ・ダンカン」の池田道彦社長が同席していた。挨拶を交わし、すぐにショーケンに、なぜこの役で貴方なのかと口説いた。

それは、いつでもやる正攻法な出演交渉なのだが、波長が合ったというか、いつの間にか旧友同士のような会話になっていった。ひとつは、生まれた町が私が浦和でショーケンが隣りまちの与野だったこと。年齢もほとんど一緒。しかも、末っ子ということも共通していた。

話しはじめて、20分程度でショーケンが明らかに、「武装解除」したように見てとれた。主演クラスの俳優は、「この男(女)と組んで仕事をしてよいか」という嗅覚を持っている。その「首実検」に、いわば「合格」したようだった。

今、ここでは「ショーケン」と書いているが、私は親しくなってからも「萩原さん」とずっと呼んでいた。ショーケンも、私についてはずっと「市川さん」と「さん」付けだった。

さて、初対面でショーケンは出演を前提に、一つの条件を出してきた。

「テレビって、長いから監督が何人かでやるじゃない。オレの芝居を(通しで)、ずっと見ていてくれる人が欲しいんだよ。プロデューサーが、オレの現場にはいつもいて欲しいんだよ」。

言うまでもなく、PとDは現在では分業化している。

実際にはかなりの難題だったが、「できる限り、そうしたい」と私は応じた(実際、8割位はショーケンの撮影現場には立ち会った。スタジオ収録が終わるごとに、モルツの缶ビールを飲みながら、「あのシーンはどうだった」と語り合いながら、ショーケンがクール・ダウンをして帰宅するというのが慣例となった)。

このドラマは、結果的には大成功となりショーケンにとっても転機となる作品となった。キャスティングが、上手くいったことが大きい。

レギュラーは、長塚京三、石倉三郎、竹内力、中野英雄、中丸忠雄の男優陣、石田えり、山口いづみ、渡辺満里奈、床嶋佳子、久本雅美の女優陣。

とくにショーケンは、女優陣は気に入ったようで某日スタジオの現場で、「このドラマに出てる女優は、みんなイイナ!」と言った。

おそらく本音だったのだろう。反面、年下の男優には当たりのキツイところはあったが。