「火」が付いた
レギュラーではないが、実家の両親と姉の3人のキャスト。父が実家で急逝し、ショーケンが駆けつける回があった。父役が、松村達雄、母役が久我美子、姉役が二木てるみだった。
この3人の共通点は何か? いずれも黒澤明監督作品に出演経験がある。
ショーケンの尊敬していた監督は、一に黒澤明、二が神代辰巳、三が深作欣二であった。とりわけ黒澤に対しては崇拝に近い感情を抱いていた。その思いが、第10回で爆発した。
演出陣は、チーフが桑波田景信(ショーケンは、深作タイプと見立て)、セカンドが森山享(こちらは神代タイプと分類)で、ショーケンからそれなりの信任を受けていた。ドラマのクライマックスとなる9・10回は、若手の戸高正啓が演出だった。映像センスなど、若手ながら評価されるディレクターだったが、10回目の「父の通夜」のシーンで、ショーケンからクレームが付いた。
「通夜振舞い」の席に、どんな具合に役者が座るのか、というところから「火」が付いた。
「戸高あ! 黒澤の『生きる』観たことあるだろう。あん時の志村喬の通夜のシーンみたいに並べろよ! 観たよな?」。
もちろん戸高は観ていたが、このシーンとは結び付けていない。
「もちろん観てますが……」
「だったら、今夜ビデオ借りてもう一回見て来いよ! そして明日リハーサルやり直そうよ」と要求。
その日のリハーサル終了後、私が立ち会って3時間を超える濃密な戸高とショーケンの打ち合わせとなった。ほぼ、9割はショーケンからの注文だったが。こういう時の、ショーケンは正に「頭のテッペン」から湯気が立つような熱量を発出する。
はたして、芝居の「神」は、このドラマ(放送では『課長サンの厄年』というタイトルに変えた)を見放さなかった。
戸高の演出した第10回はビデオリサーチ(V)21.5%、ニールセン(N)21.7%という高視聴率を獲得したのだ。社内外でも反響が大きかった。
食事を店でとっていると、普通のサラリーマンたちが「昨日の『課長サンの厄年』面白かったなあ」「ショーケン最高だったなあ」という声が飛び込んで来た。それも、一度や二度ではなかった。全13回平均でも、16.2%(V)、18.1%(N)という数字をマークした。
ショーケンは、このドラマで妻役の石田えりと親しくなり、それまでのパートナーだった女優と別れた。しかし、石田との関係も程なく破局となった。