前橋汀子さん
「ヴァイオリンを自由自在に、まるで体の一部のように弾く演奏に触れ、子ども心にもすごく感動して。ソ連に行けばあんなふうに弾けるようになるんじゃないかと(笑)」(前橋さん)

10代からの真剣勝負

さだ 音楽を仕事にするのは大変なことです。前橋さんのような天才ばかりではないですから。特にヴァイオリンを弾いて生活できるのは、選ばれた人じゃないと。ソリストはもっと難しい。今は上手な若手がすごく多いですが、誰もが順調に活躍して巨匠になるかというとそんなことはない。挫折してよかったね、僕は。(笑)

前橋 今のさださんがあるのは挫折したからで。(笑)

さだ ただ、「この歌を歌って」と言われた時、譜面を見て単旋律だったら初見で歌えるのは、ヴァイオリンをやっていたおかげです。前橋さんは小野アンナ先生に師事されていたんですよね。

前橋 5歳からです。金髪の白系ロシア人の、とても厳しい先生でした。貴族の出身で、家の中でもハイヒール。シルクのブラウスに黒いタイトスカートを着て。

さだ おしゃれだったんですね。子ども心に、レッスンに行くのはイヤじゃなかったですか?

前橋 母が厳しかった。(笑)

さだ お母さまですね、やっぱり。ヴァイオリン弾きは〈お母さま〉が大事。うちのお母さまも(笑)、ヴァイオリンのことはわからないのに厳しかった。もちろん長崎の先生も怖かったですよ。今思えばプロを育てるための教育をしてくれたと思います。

前橋 どんなふうに?

さだ 土曜になると生徒たちが集められてソルフェージュ(読譜など音楽理論の基礎を学ぶレッスン)をします。聴音は必ずやりましたね。日曜はオーケストレーション(各楽器のパートを割り当て、音色や音量、演奏法などを指示する)を朝9時から午後5時まで。

前橋 ええー。スパルタですね。