前橋 あの時代、新幹線はまだなかったから大変でしたね。
さだ 急行列車で片道23時間57分かかりました。
前橋 ヴァイオリンを頑張ってらしたけど、いつしか歌で有名になって。
さだ 高校3年の初めに音楽大学を受験するのは諦めたんです。東京藝術大学を受けるには、浪人しないととても間に合わない状況でしたし、普通の生活のほうが稼げると思って。
前橋 大正解。(笑)
さだ 音楽が好きですから、音楽に関わって生きていきたいと思っていました。当時の流行り歌を聴いていると、俺でも書けるんじゃないかって思い上がったんですね。曲はできるけど、詞がないから自分で書く。誰も歌ってくれないから自分で歌う。
大学は國學院大学に行ったんですが、70年安保直後の頃で、学生は誰もがモチベーションを失っていたし、僕も思うように音楽ができなくて心がさすらっていました。居酒屋でアルバイトばかりして、酒飲まされて黄疸が出て、長崎に逃げ帰ったのが歌い始めたきっかけです。
前橋 何が幸いするかわかりませんね。
さだ 高校時代に遊び半分で一緒にバンドをやっていた吉田政美が、プロの世界から長崎に逃げてきたんです。僕の家に1年住み込んで、2人でギター弾きながら歌っているうちに学園祭で歌うことになって。それが広まって、スカウトされちゃったんですよ。(笑)
前橋 すぐにヒット曲が出ましたよね。歌い続けて50年。すごい。