黄金の実を見落とさない出版社
福岡の小さな出版社・書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)が、この数年成し遂げてきたことは小さな奇跡にちがいない。小説家にして翻訳家、アンソロジストの西崎憲さんを編集長に迎えての文芸ムック『たべるのがおそい』の発刊。作品を単行本化するというかたちでの、新人作家の後押し。大手出版社ではできない、というか、やろうとしない、落ち穂拾い的に丁寧な仕事が、小説好きに広く認知されている。
2011年に「すばる文学賞」を受賞してデビューしたものの、その後、大手からは作品を刊行してもらえなかった澤西祐典(ゆうてん)の再発掘も、そうした成果のひとつだ。第二次大戦後、世界から隔絶されたメラネシアの無人島を舞台に、生き残った兵士の孫息子であるタダシとその家族がたどる、壮絶な運命を描いた作品が表題作の中短篇集『雨とカラス』を読めば、書肆侃侃房の目の確かさがよくわかる。
北の大地に生きるパラカイ族と、彼らが冬の終わりにひらく氷の祭典。そこで、誰よりも素晴らしい氷像を作った伝説の男の物語「氷の像」。毒をふくんだ雨がふりしきる島と、崩落する摩天楼。この世の終わりの光景を、傘をさして夢遊病者のように街を歩く女の視点で描いた「雨の中、傘の下」。たった24枚の写真と遺された作品から、〈あなた〉の短い生涯と精神を希求し続ける〈わたしたち〉の物語「国際あなた学会」。
4作品を支える発想と語り口のユニークさもさることながら、鬱蒼と生えるジャングルの樹々、太陽、海、雨、氷といった情景描写が鮮やかにして濃厚で、読みながらその場にいるかのような臨場感をもたらす。落ち穂についている黄金の実を見落とさない出版社を、わたしたち読者は見失ってはいけない。
著◎澤西祐典
書肆侃侃房 1500円