野宮での光源氏との別れ

能「葵上」では鬼女にも喩えられる六条御息所ですが、私たちが漠然と抱いているイメージも、嫉妬に狂うあまり正妻を(そして、たぶん夕顔をも)とり殺してしまった、気位が高く執着心の強い女性といった感じではないでしょうか。

その後、六条御息所は、光源氏への想いを断ち切るため、斎宮(さいくう)に選ばれた自分の娘とともに伊勢に下ることを決意。野宮(ののみや)で精進潔斎の日々を過ごします。そこに光源氏が訪ねて来て未練を語るのですが、揺れる心を隠し、源氏を突き放します(巻10「賢木(さかき)」)。伊勢から戻ると六条御息所は出家し、娘(前斎宮)の後見を源氏に託して亡くなります。そして源氏は、前斎宮を入内させ、冷泉帝の后にするのです。(巻14「澪標(みおつくし)」)

冷めたはずの関係なのに、相手が都を離れると聞くと、わざわざ会いに行き、「この榊(賢木)の葉のように変わらぬ心なのに……」などと思わせぶりな歌を詠む。光源氏という人はつくづく罪つくりですね。

その切ない逢瀬の舞台となったのが、嵯峨野の野宮。伊勢神宮の斎宮(正式名称は斎王。天皇の代理として伊勢神宮に仕えるため、天皇即位時に選ばれる)となる皇女・女王が1年ほど滞在し、身を清めた聖地で、現在は、その跡地といわれる場所に野宮神社が鎮座しています。嵐山に来た観光客が必ずといっていいほど訪れる「竹林の小径」あたりといえば、わかりやすいでしょうか。

コロナ時期に撮影した野宮神社近くの「竹林の小径」。昼間は多くの観光客でごった返すため、こんな風景はめったに見られない(撮影◎筆者)

『源氏物語』に描かれた野宮の象徴、黒木(樹皮のついたままの木)の鳥居と小柴垣は、現在の野宮神社にも受け継がれています。神に仕える皇女が身を清めた清浄の地だけあって、境内を奥へと進んでいくと、なんともいえない厳かで清々しい空気を感じます。