阿岐本が言った。
「谷津さんに、事情を説明しておりました」
 仙川係長が尋ねた。
「何の事情?」
「あの地域で何やら怪しげな動きがありますので……」
「怪しげな動き……?」
 逆に阿岐本が尋ねた。
「私らが捕まったことは、谷津さんからお聞きになったんで……?」
 仙川係長がこたえる。
「そんなことはどうでもいいだろう」
 態度が「そうだ」と言っている。仙川は質問を続けた。
「怪しい動きって何だ?」
「申し訳ありませんが、そいつは谷津さんから聞いていただけませんか?」
 仙川係長は戸惑いの表情を見せた。谷津が苦手なのだ。
「そんな手間をかける必要がどこにある。あんたが話せばいいだろう」
「私は谷津さんのご機嫌を損ねたくねえんですよ」
「機嫌を損ねたくない?」
「今日、谷津さんにしたのは、言わばないしょ話です。まだあまり知る人のいない情報です」
「それがどうした?」
「想像してみてください。誰かが仙川係長に取って置きの情報だって話をして、そいつを大切にしていたら、別の署の刑事が同じ話を知っていた、なんてことになったら、どう思います?」
「そいつは……」
 仙川係長は言い淀んだ。
 さすがにうまいなと、日村は思った。阿岐本は、出世欲が人一倍強く常に実績のことを気にしている仙川係長の心理を巧妙に衝いたのだ。