俺のことを一番よく知っているのは、おまえだ
父は板チョコを二口食べただけで、夕食が食べられなくなると困るからもういらないという。私はチョコを口に運びながら、世間話をする口調で言った。
「私の家の近くに、すごく環境の良さそうな老人ホームを見つけたんだけど、一緒に見に行かない?」
案の定、父は顔を曇らせた。
「気が進まないな」
私はその施設の良いところを並べ立てた。
「デイサービスが同じ敷地内に併設されているから、週に2回くらい行けば、きっと気分転換になるよ。お風呂は天然温泉なんだって」
「温泉」と聞いて父の表情が緩んだ。何か聞きたそうだ。
「温泉はいいな…‥でもそういうところは、高いんじゃないか?」
「いや、ネットで見たら、初期費用は敷金と前家賃だけしかかからないって書いてあったよ。頭金が何百万とか必要なところでないのは確かだわ」
父はつぶやいた。
「温泉に入りたいな。おまえがそこを見てきてくれないか。お前が見て実際にいいところだったら、俺も見学に行く」
「そうだね。まずは見てくるね」
しばらく雑談をしてから私は言った。
「病院には、施設のことに詳しいソーシャルワーカーさんがいるから、ほかの情報を聞いて帰るね」
「あぁ、そうしてくれ。おまえがいいと思うところでいい。俺のことを一番よく知っているのは、おまえだ」