「パイオニア」としての姿
仕事においては、嘉子は強い信念の人でした。
論争の際には、対立する意見などについて徹底的に追及する激しさがあったようです。
一方で、同僚であれ部下であれ、相手の言い分をよく聞く寛大さもあり、納得できればそれに従う柔軟性も持っていました。
この頃の嘉子は、なにごとも相談して会議で丁寧にことを進めたいという意識が強かったということですが、それは審理の仕方や判決書などに厳格だった近藤完爾裁判長のもとで学んだことが大きかったのかもしれません。
この頃には、明大女子部で嘉子から教えを受けたり、嘉子を憧れの存在と考えたりして裁判官になったという女性たちが、だんだんと増えてきていました。
そのような女性法曹の一人であった鎌田千恵子は、1955年の春に判事補となって松山に赴任する際、名古屋で途中下車して嘉子の官舎を訪ね、「しっかり頑張んなさいよ」と励まされたと言います。
「パイオニア」としての嘉子の姿が、次の世代にもプラスの影響を与えていました。
※本稿は、『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(著:神野潔/日本能率協会マネジメントセンター)
2024年度・前期連続テレビ小説「虎に翼」のモデルは、日本初の女性弁護士の一人であり、初の女性判事及び家庭裁判所長・三淵嘉子(みぶち・よしこ:主演・伊藤沙莉、脚本・吉田恵里香)。
本書では、三淵嘉子の生誕から晩年までの生涯と、嘉子とともに歩んだ家族、友人、同僚たちについて紹介する。
嘉子が生涯を賭して成し遂げたかったこととは何だったのか。
「女性活躍」が求められる今にあって、その先駆者の生涯が今、明らかになる。