息苦しさを振り払う一陣の風

今回、私は、私のこれまでの文章や著作をきっかけに知己を得た立石美津子さんに話を聞かせて頂く機会を得た。立石さんは、幼児教育や子育てに関して著作活動や講演活動をしている女性だ。そして冒頭に書いた17歳の少年の母親である。本文で、母と表現しているのは立石美津子さんのことだ。

立石さんは幼児教育や子育てに関して著作活動や講演活動をしている。ベストセラーとなった本も多い。自身の子育てを例に挙げて、自閉症児の学校選びを中心テーマにした実用本も執筆している。私は、立石さんと息子さんの17年に及ぶ人生の足跡を1冊の本にしたいと考え、話を聞かせて頂くことをお願いした。

ノンフィクションを書く上で重要なのは、筆者の取材力と表現する力であるが、それ以上に大事なのは、取材を受ける人間の語る力かもしれない。私はそういう人が現れるのを何年も待っていた。立石さんはプロの著者・講演家であるので、語る力は申し分ない。私は千葉県在住なので、彼女の住まいが東京であることも幸運だった。話を聞かせてもらうだけではなく、たくさんの動画を見せて頂いた。

さらにもう一つ、聞き書きをお願いした理由がある。それは息子さん(本書では勇太君)の風貌・佇まいが魅力的だったからだ。若い修行僧のような、あるいは新進気鋭の学者のような、そんな雰囲気が何とも魅力的だった。実際に会ってみると、私の期待は見事に当たっていることがすぐに分かった。

私はこれまでに、先天性染色体異常児の家族と、自宅で人工呼吸器を付けている少年の家族に聞き書きをして本を上梓している。これらの本のテーマはいずれも障害の受容である。本書も、知的障害を伴う自閉症児の豊かな世界を描くと同時に、母親がわが子の障害を受容し、「普通」とか「世間並み」という呪縛から解放されていく過程を描いたつもりだ。

私たちの文化は、横並びであることが特徴で、出る杭は打たれ、目立たないことが美徳とされる。場の空気を読む人間が賢いと考えられ、いったん一つの集団が形成されるとそのグループは単一の考え方に染まりやすい。従って集団から仲間はずれにされるとかなりつらい思いをする。

多様性が大事だと指摘されるが、私たちの社会は多様さの重要性が本当の意味でまだ根づいていないような気がする。息苦しさを感じている人もたくさんいるだろう。立石さん親子の生き方は、そうした息苦しさを振り払う一陣の風という感じだった。

みなさんはこの本をどう読むだろうか? いろいろな読み方が可能だと思う。自閉症と直接関係がなくても、生き方に困難を抱えている子どもは多いはずである。そのことによって家族みんなで悩んでいることもあるだろう。そうした難しさに直面したとき、本書がそれを乗り越えるヒントになってくれれば嬉しい。