ルポ『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』が、第8回日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞した。小児外科医である著者・松永正訓(ただし)さんはなぜこのテーマを選んだのだろうか。

※本稿は、松永正訓著『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』の一部を、再編集したものです。

トイレの水流を聞き分ける少年

その17歳の少年は、スマートフォンを耳に当てた。画面は私に向けて、彼は裏面に耳を当てる。スマートフォンの画面にはトイレの便器のサムネイルがずらりと並んでいる。私は適当にそのうちの一つをタップした。

動画が再生される。ゴーという音と共に水が便器の中で渦を巻く。動画が止まったところで少年はスマートフォンから耳を離して言った。

「TOTO C48SR」

トイレのメーカーと型番である。私にはそれが正解なのかどうか知るすべがない。しかし母親の話では、少年は何十種類というトイレの水流を聞き分けるという。何という鋭い聴覚の持ち主だろうか。

坊主頭に太い眉。黒目がくっきりとし、吸い込まれるような瞳だ。この非凡な才能の少年は、実は知能指数(IQ)が37である。精神年齢は5歳8カ月。彼は知的障害を伴う自閉症だった。

「もういい、もうやらない、もうやらない、もうやらない」

やや滑舌の悪い言い方でスマートフォンを母親に押しつけると、居間の一角にある自分のパソコンデスクに座った。イヤフォンをして動画を視る。スマートフォンに入っていたものと同じトイレの動画だ。液晶画面に水の渦がグルグルと回転する。悦に入った表情で見入っている。

5分程すると、イヤフォンを外しいきなり立ち上がる。居間の端から玄関に向かって走っていく。そして戻ってくる。それをくり返す。だんだん加速していくように見える。何往復もして、その足取りはスキップのようだ。

17歳の子が家の中を走るので、かなり大きな音が立つ。本人はそんなことはお構いなしに、ドタッドタッと走りまくる。声も上げる。やがてスキップが止まると、またパソコンデスクに向かい、イヤフォンを耳に装着する。