赤松さんと私はそれぞれの場で活動してきましたが、大きな目標は同じでした。よくおっしゃっていたのが、「私たちは〈長い列〉に加わっている」。女性の地位向上のために頑張ってきた先輩たちの背中を見て、列に加わった、と。私がその列に並ぶことができたのは、赤松さんのおかげです。
でも、まだ列を崩すわけにはいきません。なにせ日本のジェンダーギャップ指数は世界146ヵ国中125位、政治分野では138位(2023年)ですから。赤松さんも、まだまだ社会や政治においても、「本当の男女平等」、フェアで対等な社会の実現を望んでいたと思います。
90代になっても一人でタクシーに乗ってどこにでも行き、日本ユニセフ協会の仕事や、女性政治家を育てるために創設した赤松政経塾など精力的に活動なさっていた。亡くなる前日も、同じマンションの住人とハイタッチしたと聞いています。
そして夜、お休みになったまま、あちらに行かれた。走り続けている最中にポッといなくなった、といった感じです。見事な最期としか言いようがありません。
そういえば晩年、「私の葬儀委員長をやって」とおっしゃったことも。体調を崩していた私は、「元気ハツラツな赤松さんより、私のほうが先に逝くだろうから」と思っていたのに……。
赤松さんのハリのある闊達な声がもう聞けないのかと思うと、本当に寂しい。もう一度一緒におおいに語って気炎をあげ、楽しく過ごしたかったです。