電話をかけ直す暇も与えられず
心配で胸が張り裂けそうになっていると、「人妻を妊娠させてしまい、夫にバレてもめている。騙されていると思ってDNA鑑定をしたら、99.9%俺の子どもだった」と言う。「お母さんが育てようか?」と訊ねると、「そこまで迷惑をかけられない」の答え。
双方の弁護士の話し合いの結果、120万円で示談が成立し、弁護士費用の35万円と20万円は自分で払ったから残りを用立ててほしいという。
お金を出す前に夫に伝えると言うと怒りだし、「兄さんに相談したら?」と聞いたら、「みっともないから知られたくない」と悲痛な声をあげた。(そのくらい自分で稼いでいるじゃない)という思いがよぎったが、(息子が最低なことをしたとネットで拡散されたらどうしよう)と思うと焦った。
電話をかけ直す暇も与えられず、窮状を並べたてられ、他の手立てが思い浮かばない。なんでもサッサと物事を処理するのを良しとする私の性格も裏目に出た。
今思えば、私が「取り返しのつかないことをしてしまったね。でも、あなたも彼女のこと好きだったのね」と言ったとき、受話器の向こうから不敵な笑いが聞こえていた気がする。
しかし、100万円もの大金は手元になかった。3年前に現役を退いた夫は、好きな料理を一手に引き受けてくれ、私は趣味や習い事に日々を費やし、年金でのんきに暮らしてきた。
蓄財はない。困った末に、一度も使ったことはないが、口座を持っている銀行のカードローンがあるのを思い出した。落ち着いたら次男が自分で返せる額だ。使ってはいけないお金だけど、少しの間拝借するだけならいいだろう。