「受賞が決まったとたん、祝電やお花がどんどん届いて、その量にびっくり」(吉野彰さん、久美子さん)撮影:藤澤靖子
今年のノーベル化学賞受賞が決まった吉野彰さん。明勤務先で知らせを受け、自宅で待つ妻の久美子さんに電話をしたのですが──(構成=篠藤ゆり 撮影=藤澤靖子)

スーパーに行くにもマスクが必要?

吉野久美子さん(以下妻) 受賞の知らせがあった10月9日、自宅にも会社の広報の方が来てくれていて、一緒に待っていたんです。その広報の方の携帯に電話があって知りました。でも、途中で電話を代わってもらったけれど、ざわざわしていて何を言っているのかわからなかったわよ。あなた、私に肝心なこと言った?

吉野彰さん(以下夫) 言った、言った。「決まったから」とひとこと。

 信じられなくて。まさか、というか、ええっ本当かねえ……と思いましたけど。

 最初にノーベル賞の可能性を知ったのは2000年だね。ハワイでの学会に参加した帰り、ある先生から声をかけられて……。ノーベル賞に誰かを推薦するよう書類が来ている、ぜひ推したいから帰国したらすぐ資料を送るようにと言われた。

 それを聞いた時も、「うそでしょう?」と思ったけど。(笑)

 その頃から私が研究開発にかかわったリチウムイオン電池が本格的に広がり、大きなマーケットになっていったから。ストックホルムのまな板の端っこにちょこっと載ったわけだ。

 でも家では一切、仕事の話をしないから。

 しないね。ここ数年は、ノーベル賞の受賞者が発表される日には、会社が「万が一」の場合にそなえて一緒に待機してくれていたけどね。

 受賞が決まったとたん、祝電やお花がどんどん届いて、その量にびっくり。まずそれに圧倒され、なんか、ずしーっと重いです。ちょっと今まで、夫のことを軽く見ていたかもしれません。(笑)

 アハハハ。

 日常生活が騒がしくなったらどうしようと、少し心配したけれど、それは杞憂に終わりましたね。家の近くに大きなスーパーマーケットがあって、「マスクでもして行こうかしら」と思いましたが(笑)、皆さん自分の買い物に没頭していて誰も気付かない。

 でも街なかを歩いていて知らない子どもに「おめでとうございます」と声をかけられることなんか、今までなかったから。いろいろな賞をいただいたけれど、ノーベル賞はやっぱり違う。

 取材も多いわね。

 経済産業省や文部科学省、科学技術庁などに報告に行き、各大臣方ともお会いした。10月22日には日本シリーズの巨人対ソフトバンク戦で始球式も務めたし。ノーベル賞を受賞しなかったら、そんな機会はなかったと思う。

 マウンドに立って、どんな気分だった?

 控室で待っている間は緊張感があったけれど、いざグラウンドに出たら、けっこうクールだった。「観客はどうせ投げられないだろうと思っているだろうな」と(笑)。プレイボールの合図で、場内がしーんとして。僕がボールを持って頭上に振りかぶった瞬間、ぶわっとどよめいた。まさかこの人が、と思ったんじゃないかな。

 写真を見たけれど、足がよく上がっていました。

 さすがプロのカメラマンだね。カッコよく写っていた(笑)。大阪出身だから、阪神ファンなんだけど。

 野球には昔から、けっこう熱心でしたね。

 30代の半ば頃から、自分でも会社のチームと地域のチームでやっていたね。