稲垣 体が動かなくなってきたら、その範囲で幸せに生きられたらいいな、と思っていて。いままで通りにできないと不安になってしまうのは人間の厄介な心理で、母も認知症になってから完璧だった家事が満足にこなせないことに傷ついて、苦しんでいました。

持ち物ややることが多くありすぎると、自分が衰えたときに敵となって襲いかかってくるし、理想が高すぎると、一つでも失ったときの敗北感が大きい。

「今朝も目が覚めて最高!」「お水が美味しい!」くらい目標を低くすると、毎日が幸せですよ。おのずと不安も消えていくのではないでしょうか。

小谷 理想はほどほどがよさそうですね。

吉永 私は根が臆病なものだから(笑)、最悪の事態を想定して、それを避けるにはどうしたらいいか、徹底的にシミュレーションして、できることは何かを考えています。

死は受け入れられるけれど、「死ぬときに痛いのだけはイヤだ」と死への恐れの正体を突きとめ、日本尊厳死協会という団体に登録しました。「無用な延命は要りません」「その代わり盛大にモルヒネを使って痛みを取ってください」と意思を書き残しています。

稲垣 不安は解消できましたか?

吉永 想定外のことは起きるかもしれないけれど、現時点で「打てる手は打った」という安心感はありますね。

後編につづく