稲垣 体が動かなくなってきたら、その範囲で幸せに生きられたらいいな、と思っていて。いままで通りにできないと不安になってしまうのは人間の厄介な心理で、母も認知症になってから完璧だった家事が満足にこなせないことに傷ついて、苦しんでいました。
持ち物ややることが多くありすぎると、自分が衰えたときに敵となって襲いかかってくるし、理想が高すぎると、一つでも失ったときの敗北感が大きい。
「今朝も目が覚めて最高!」「お水が美味しい!」くらい目標を低くすると、毎日が幸せですよ。おのずと不安も消えていくのではないでしょうか。
小谷 理想はほどほどがよさそうですね。
吉永 私は根が臆病なものだから(笑)、最悪の事態を想定して、それを避けるにはどうしたらいいか、徹底的にシミュレーションして、できることは何かを考えています。
死は受け入れられるけれど、「死ぬときに痛いのだけはイヤだ」と死への恐れの正体を突きとめ、日本尊厳死協会という団体に登録しました。「無用な延命は要りません」「その代わり盛大にモルヒネを使って痛みを取ってください」と意思を書き残しています。
稲垣 不安は解消できましたか?
吉永 想定外のことは起きるかもしれないけれど、現時点で「打てる手は打った」という安心感はありますね。
<後編につづく>
稲垣えみ子
フリーランサー
1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞社で論説委員、編集委員を務め、2016年に50歳で退社。夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの生活を送る。『魂の退社』『寂しい生活』『人生はどこでもドア』『家事か地獄か』『一人飲みで生きていく』ほか著書多数。
吉永みち子
ノンフィクション作家
1950年埼玉県生まれ。大学卒業後、競馬専門紙『勝馬』の記者を経て作家に。吉永正人騎手と結婚し、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。執筆活動のほか、テレビコメンテーターとして活躍するとともに、政府税制調査会などの委員を歴任。現在は、映画倫理委員会副委員長、民間放送教育協会会長、日本年金機構理事などをつとめる。著書に『試練は女のダイヤモンド』『増補文庫版 怖いもの知らずの女たち』『老いの世も目線を変えれば面白い』『老いを楽しく手なずけよう~軽やかに生きる55のヒント』などがある。
小谷みどり
シニア生活文化研究所代表理事
1969年大阪府生まれ。第一生命経済研究所主席研究員として死生学、葬送問題を研究。2018年に退職し現職。生活設計論、余暇論。大学、自治体などの講座で「終活」に関する講演多数。著書に『ひとり終活』『没イチ』などがある