吉屋信子は1896(明治29)年生まれ。封建的で男女差別の激しかった時代にさまざまな困難を乗り越え、少女小説で一世を風靡しました。

戦後は『徳川の夫人たち』など大人向けの小説も多く発表しましたが、少女小説を書いていたこともあって、文学者として正当な評価を受けていない面もあります。

吉屋信子には、半世紀以上にわたって彼女を公私ともに支えた門馬千代というパートナーがいました。今よりはるかに、性的少数者が生きづらかった時代です。同性愛者ということで好奇の目にさらされ、男性たちからは揶揄された。

相当悔しい思いをしたからこそ、肩ひじを張って、文壇や男社会と渡り合ったのでしょう。田辺聖子さんはそんな吉屋信子を、作品のなかでこう評しています。

「フェミニズム的な発想を、大衆に向けた一級の読み物として展開してみせたところが吉屋信子の真骨頂であり、それ故に、女性の強烈な支持を集め、男性至上主義で純文学偏重の文壇から二重に黙殺されてきたのだろう。吉屋信子の小説は思想がない、社会制度への挑戦がないという批判こそ〈男流文学論〉である」

この作品を読み、私は田辺聖子さん自身が実はフェミニズム的視点を持った作家だと知りました。田辺さんといえば、夫との生活を描いた「カモカのおっちゃん」シリーズなど、読みやすいユーモア小説で人気があります。

一方で、文学的、思想的に一本筋の通った硬派の作品も多数書いています。また事実婚当初は別居結婚を実践するなど、先進的な生き方をした人でもありました。