そういうと百合川は、熱を帯びた視線でハルを見た。

 ハルは百合川の視線を受け止めることができなくて、手のなかの小瓶をみつめる。百合川はずるい。いつもはひとの気持ちなんて気にもとめないくせに、気を抜いていると胸につきささる言葉をぶつけてくる。

「さあ、どうでしょう。あたしはプチブル的凡庸きわまりない人生をすごしてきただけですから、そんな大した経験はありません――ただ、シャオリンの言葉をちゃんと伝えないといけないって必死でしたよ」

 百合川の話をききながら、岡山にいる妹や広島の母のことを考えていたのに、ハルはそのことには一切ふれなかった。口にだしてしまったら、ハルが生きていくためになんとかつくってきた自分という容れ物があっというまに崩れていきそうで怖かったのだ。

 百合川はふっと笑うと、ハルの手から小瓶を取って、きみはやっぱり賢いな、とあきらめたようにつぶやいた。

(続く)

この作品は一九三〇年代の台湾を舞台としたフィクションです。
実在の個人や団体とは一切関係ありません。