先に食べ終わった百合川は、鞄のなかから琥珀色に輝く液体の入った小瓶を取りだすと、蓋を開けてちびちびとのみながら、おいしそうに食べるハルの横顔をじっと見ていた。
「いや、すがすがしいものだな。なにも気にせず子どものように食べる姿というのは。わたしのような無遠慮な人間でも、内地にいるときは、大きな声で話していないか、下品な食べ方をしていないか、それなりに気にしていたものだが、きみは日本女性としてのしとやかさなどほとんど気にしていないようだ」
ハルにはどこか馬鹿にされているようにも思えたが、百合川の目がいたって真剣だったので、とくに悪い気もしなかった。まあ、しとやかさを気にするには背が高すぎましたね、とおどけてみせると、百合川は優しい笑みを浮かべた。
ガラガラと引戸の開く音がしたので、ハルが入口を見ると、市場の仕事が終わったばかりという雰囲気の中年の女性が小さい女の子をふたり抱きかかえるようにして店に入ってきた。やはり、大金持ちのお嬢さまにはまったく似つかわしくない場所だとハルは思った。
どんぶりをおいしそうにかきこむ子どもたちを見ていたら、隣で百合川の声がした。
「台湾では、二人目の女の子は養女にだすことが多いんだ。田舎ではいまでも『重男軽女』という考え方が根強いから、母親たちは跡取りにならない女の子ばかり産んだことを申し訳ないと思ったりもする。まったくナンセンスな話だが。蔡家はキリスト教徒で女子教育には早くから関心を持っていたから、ちょっと事情は異なるんだが、それでも慣習には抗えなかったんだろうな。わたしも二人目の女の子として子どものいなかった叔父(スーフー)の家に養女にだされることになった」
ハルは百合川がなにを伝えようとしているのかまったくわからなかったが、はじめて百合川が個人的な話をしているということに胸の鼓動が速まった。