「叔父は変わり者でね、わたしはきらいではなかったよ。内地への留学経験もあって、内地では女性たちがいかに活発か教えてくれたのも叔父だった。でも、はじめて叔父の家で、今日からここがおまえの部屋だよといわれたとき、心細くてね。それまでさんざん甘やかされていたから、最初は泣くことしかできなかった。叔母は優しいひとで夜中慰めてくれたんだが、泣き止まないわたしに疲れ果てて明るくなるころに眠りこんでしまった。そこで、三歳のわたしがどうしたと思う? なんと台中の街中にあった叔父の家から、郊外の蔡家の邸宅まで三里(約十二キロメートル)もあるっていうのに歩いて帰ったのさ」

「そんなの不可能ですよ! 大人でも三里は遠いのに――」とハルは思わず大きな声を上げる。

「でも、できたんだ。叔父からわたしが行方不明になったという連絡を受けて家人総出で捜索していたら、夕日のなかを小さなわたしが何事もなかったかのような顔をしてひょっこり現れたそうだ。ほとんど覚えてはいないがね。それで、味を占めたんだろうな、二回目に叔父の家に連れていかれたときも同じようにした。でも、そううまくはいかなかった」

 ハルは身を乗りだして、話の続きを待つ。

「道に迷ったわたしは、蔡家の邸宅の近くには小川が流れていたから、川をたどっていけばたどりつくんじゃないか、そう考えたんだろうな。この柳川沿いで途方に暮れていたわたしに最初に声をかけてくれたのが、芸旦(げいたん)の女だった。その女は、空腹でお腹を鳴らしていたわたしをこの食堂に連れてきてくれてね、食べなきゃ元気がでないよ、と滷肉飯をご馳走してくれたんだ。おいしかったよ。こんなに濃くて旨みのある滷肉ははじめてだった。お腹いっぱいになって、思いだしたように泣きだしたわたしを近くの芸旦間で働く女たちがつぎつぎにやってきてはあやしてくれて、眠りについたころ、顔を真っ青にした梅雪に叩き起こされたんだ。そんなことがあって、わたしは叔父の娘にならなくてすんだのさ。だから、この場所とこの川沿いで働く女たちはわたしの原点なんだ」

 そこまで話すと百合川は、ちょっと話しすぎたな、と照れくさそうに笑った。