一九三三年、日本統治下の台湾。ある事件により東京の雑誌社をクビになった記者・濱田ハルは、台中名家のお嬢様・百合川琴音のさそいに日本を飛び出し、台湾女性による台湾女性のための文芸誌『黒猫』編集部に転がり込んだ。記事執筆のため台中の町を駈けまわるハルが目にしたものとは――。モダンガールたちが台湾の光と影を描き出す連作小説!
七 前編
翌朝、ハルが二日酔いの頭を抱えながら、編集部の階段を上ると、賑やかな声が部屋のなかからきこえてきた。
ハルの姿を見ると、百合川はほんの一瞬、照れくさそうな表情を浮かべて、新しい仲間を紹介しよう、と窓際に立つ小柄な少女を指差した。
それまで、劉と言葉を交わしていたその少女はすっと視線を上げると、冷たい目でハルを一瞥した。髪をきれいにとかして、真新しいワンピースを着ていたけれど、まちがいなく市場で卵を売っていたシャオリンだった。
「記事に書いたのだから当然知っているな。シャオリンには、ときどき劉さんの手伝いをしてもらうことになった。今まで玉蘭がやっていた編集補佐の仕事を引き継ぐんだ。玉蘭は来月から記者として働いてもらうからな。まだ難しい字は読めないだろうが、利発な子だからすぐに覚えるだろう」
ハルは想像もしていなかった事態に戸惑いつつ、窓際の席につく。シャオリンは、ハルのほうにチラチラと視線を向けては、不愉快そうに、ふん、と鼻を鳴らした。
――あたし、もしかしてきらわれてる?