玉蘭がシャオリンを新盛橋近くの印刷所まで案内するといって部屋からでていくと、百合川にきこえないようにハルは小さな声で、劉にきいた。

「劉さん、あの子、あたしのこと、なにかいってた? なんか居心地が悪いんだけど――」 劉は、目元に笑みをたたえて、さあ、きいてみたらいいんじゃないですか、ととぼけた顔をした。

 ハルが納得できない気分のまま机に突っ伏していると、隣で京也の声がした。

「記事になるってきいたとき、ほんとうは故郷の母親にも知らせたかったんだって。台中でもちゃんと勉強してるから安心してってさ。ところが、『海辺の街の少女』じゃ、まったくだれのことかわからないよね。だから絶対許さないって」

 その言葉にハルは愕然とした。記事が当局に目をつけられることになってもシャオリンに危害が及ばないように、念には念を入れたつもりだった。それなのに、彼女はまったく別の期待を抱いていた――。そんな素振りは露ほども見せなかったのに。自分は、少女の気持ちに共感しているようで、その繊細な感情にまったく気づいていなかったのだ。百合川のいっていた、少女はきみの物語の登場人物ではなくて、あくまで彼女自身の人生を生きている、という言葉の意味にいまハルははじめて気がついた。

 お昼過ぎに、笑い声を上げながら玉蘭とシャオリンが階段を上がってきたとき、ハルは真っ先にシャオリンに近づいて思いっきり頭を下げた。

「ごめんなさい。あなたの気持ち、ぜんぜんわかってなかった」