「フライパンを冷ましてあげましょう」の違和感
「フライパンをまず1分間温めてあげましょう。次に油を入れてあげましょう」料理番組で作り方を説明していたフードコーディネーターの言葉です。
一視聴者としては「やっぱりプロの使う道具はさすが一流ね。モノが違うんだわ。食材も庶民の食卓では見かけないわね。
フライパンや油といえども、丁寧語レベルではきっと失礼なんだわ」と言いたくなります。
他にも、ファッションや美容の世界で「そちらのボトムにはこちらのシャツを合わせてあげて、インしてあげるとおしゃれです」「しっかりお肌を保湿してあげましょう」など「......てあげる」の人気は、とどまるところ知らず。
「......てあげる」の「あげる」は本来「さしあげる」と同様に動作の向かう先(受け手)を高める謙譲語だったはず。
昨今では謙譲の度合いが弱まって、単に上品に表す美化語の類になってしまったのでしょうか。
一方で、この「あげる」は「写真を撮ってあげる」「料理を作ってあげる」のように、動作の受け手に恩恵をもたらす働きがあるため、目上の人には使いづらく感じる人もいます。
受け手を下に見ている、恩着せがましい、そう感じさせることがあるわけです。
つまり、話し手がいくら本来の「受け手を高める表現」のつもりで使っても、聞き手に誤解を与える恐れもあるのです。
それを知れば、誤解を避けたいがために、目上の人には次第に使わないようになっていくでしょう。
その結果、「あげる」の謙譲する意味が弱まり、高める対象は小さな子どもや動植物だけでなく、フライパンやシャツなどの無生物にまで及ぶ事態となったのかもしれません。
しかし、それでは、人類は無限にへりくだるばかり。
「フライパンを冷ましましょう」「こちらのシャツを合わせて、インするとぴったりです」「しっかりお肌を保湿しましょう」せめてこのあたりで踏ん張りたいと思う人類の一人です。
※本稿は『その敬語、盛りすぎです!』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
『その敬語、盛りすぎです!』(著:前田めぐる/青春出版社)
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