阿岐本が仙川係長に言った。
「中国マフィア相手に腰が引けてた谷津さんに発破かけたのは仙川係長じゃねえですか。間違いなく仙川係長のお手柄ですよ」
「ふん。おだてたって手加減はしないからな。いつかあんたらを検挙してやる」
 そう言いながら仙川係長はまんざらでもない表情になっていた。
 そのときまたインターホンのチャイムが鳴った。モニターを見た真吉が跳び上がった。
「多嘉原会長です」
 若い衆に緊張が走る。
 阿岐本が言った。
「お通ししな」
 事務所にやってきた多嘉原会長は、相変わらず腰が低かった。奥の部屋に案内しようとすると、彼は言った。
「いや、長居はしませんので、ここでけっこうです」
 阿岐本が健一に言った。
「おう、コーヒーはまだあるな? 会長にお出ししな」
「あ、すぐにおいとましますので、どうぞお構いなく……」
 ソファを勧めても座ろうとしない。
 甘糟が日村にそっと尋ねた。
「誰……?」
 神農系の親分であることは、マル暴の甘糟には教えたくなかった。
「オヤジの知り合いです」
「へえ……」
 阿岐本が多嘉原会長に言った。
「今日はまた、どうなさいました?」
「いや……。先日はうっかりしたことを言っちまったんで、お詫びにと思いましてね」
「うっかりしたこと……?」
「駒吉神社の祭りに出かけましょうなんて言っちまいましたが、今年の祭りは九月に終わってました。いや、面目ない」
「あ、それをわざわざ知らせにいらしてくださったんですか。そりゃ、かえって恐縮です」
「阿岐本さんの顔も見たかったしねえ……。しかし、いっしょに祭りに行くのを楽しみにしていたんですが、残念です」
 阿岐本と多嘉原会長が並んで歩いているところを想像して、日村は背筋が寒くなる思いだった。