「私も残念です」
 阿岐本が言った。「そうだ。こういうのはどうです? 西量寺に二年参りに行くってのは」
「二年参り……」
「ええ。住職が撞く除夜の鐘を聞きに行こうじゃねえですか」
「そりゃあいい」
 多嘉原会長は心底うれしそうな顔になった。「せっかくだから、日村さんやおたくの若い衆もいっしょに行きましょう」
「そうさせていただきましょう。なあ、誠司」
 急に話を振られて、日村は返事に困った。
 すると、香苗が言った。
「あ、二年参りって、つまりカウントダウンよね。私も行きたい」
 日村は言った。
「そりゃあどうかな……」
「だめだって言われても、こっそりついていくよ」
 源次が言った。
「孫が行くなら、私も保護者としてついて行かねばなりませんね」
「いや、マスター。それは……」
 日村が言うと、それを遮るように阿岐本が言った。
「祝い事やめでたい行事はみんなで出かけたほうがいい」
 どうやら阿岐本は本気のようだ。
 仙川係長が言った。
「何のことかわからんが、悪事の共謀ならしょっ引くぞ」
「悪だくみじゃありません」
 阿岐本が言った。「除夜の鐘ですよ。縁起物です。係長もいっしょにどうです?」
 甘糟が慌てた様子で言った。
「あんたらと二年参りなんて行けるわけないだろう。これ以上いると、何を言い出すかわかりません。係長、帰りましょう」
 甘糟が仙川係長を引っぱるようにして出入り口に向かった。二人は事務所をあとにした。
 阿岐本が多嘉原会長に言った。
「こちらは喫茶店のマスターでして、コーヒーを持ってきてくださったんですが、これが絶品なんです」
「ああ、そういうことなら、ぜひいただきましょう」
 健一からコーヒーカップを受け取る。一口飲むと、多嘉原会長はしみじみと言った。
「うまいねえ」
                                 (了)
 

 

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