赤染衛門の記録には倫子の横顔も

ところで、この出産の場面は、ほとんど同じ内容で、赤染衛門(演:凰稀かなめさん)の書いた『栄花物語』にもみられます。しかし多くの人には『栄花物語』は『紫式部日記』のコピペだと理解されているようです。

実際両者を読み比べると、『栄花物語』の書き方は『紫式部日記』の要約っぽいところが多いのですが、ところが『栄花物語』にも『紫式部日記』には見られない独自情報もあるのです。

たとえば、源倫子が赤子のへその緒を切る時に「これは罪得ること」とかねてから思っていて、引き受けるかどうか迷っていた、と伝える一節があります。当時、出産はケガレと考えられていたので、「血のケガレ、お産のケガレを全て私が引き受けなければ」という気合が必要だったようです。

しかし実際には、娘の出産の嬉しさを前にそんな迷いもふっとんだ、としています。

これは現場の身近にいないと書けない情報ではないかと思われます。赤染衛門は紫式部より年上で、はやくから倫子に仕えていたらしいので、彼女は倫子付きの女房として、紫式部より御帳近く、へその緒を切る現場に立ち会っていたのかもしれません。

それにしても面白いのは、実物の虎を見る機会などなかったはずなのに、平安貴族たちが、虎が猛々しく、その歩みは強力で頼もしいものと思っていたことです。

まもなく虎をタイトルに冠した朝ドラ『虎に翼』も最終回を迎えますが、平安時代の当時から、虎はただの野生動物ではなく、偉大な魔獣を象徴していたようです。

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