<日本史の常識>に大転換を迫った時国家の文書群

その真偽はともかく、中世以来時国家が有力な在地勢力だったことは疑いなく、その繁栄の基盤には、海(海運業)と山(林業)と土地(農業)に恵まれ、海に開いた能登という土地があったということができます。

時国家は現在、時国家(下時国家)と上時国家に分かれており、それぞれが文化財指定を受けている江戸時代の貴重な邸宅をはじめ、数多い文化財をお持ちです。特に戦災に遭うこともなく、何百年も伝えられてきた文書群は、日本史の常識に大転換を迫るものでした。

日本中世史に新しい視点を盛り込み、大きな足跡を残し、スタジオジブリの『もののけ姫』にも影響を与えた網野善彦(1928-2004)という歴史家がいます。

網野は一時期、勤めていた神奈川大学に、戦後に国の事業として集められながら資料館ができず、残されたままの漁業関係文書が大量にあることを残念に思い、それをもとの持ち主に返却する旅を行なっていました。

その過程で時国家を知り、文書を返却するために滞在して、歴史観が変わるほどのショックを受けました。

それは、それまで単に<農民>とされていた人々の海・山・土地に広がる多様性に気づいた、ということで、この事実は、いろいろな文書とそれを守ってきた地域文化を一体に理解して、初めて理解できることだったのです。

網野と時国家の関係は、網野善彦『古文書返却の旅―戦後史学史の一齣』(中公新書 1999年)にも印象的に記されています。

そして能登の時国家の周りには、まだまだ未知の資料、そして文化が眠っていると思われます。