不登校の娘のために母が取った行動は
冨士 今でこそ生意気な口ばかり叩かれているけれど、37歳であなたを産んだときは本当に嬉しかった。当時にしては、かなりの高齢出産だったわね。陣痛が来て自分で車を運転して病院に行ったら、血圧が低すぎて帝王切開することになって。6時43分にあなたが生まれたのを、今でもはっきり覚えているわ。
リズ それで毎年、誕生日の6時43分に電話をかけてくるんだよね。
冨士 おっぱいも2歳6ヵ月になるまであげていたし、5歳くらいまでは、あなたがトイレで「出たよ~」って言うたびに飛んでいって、お尻を拭いてあげていた。これが本当の尻ぬぐいってね(笑)。俳優の仕事も10年間休んで、娘にベッタリの生活だったわ。
リズ でも、世間の常識からはちょっとズレてたよね。
冨士 あら、そうかしら。
リズ 「普通じゃいけない」と、いつも言われてた。「ほかの人と同じじゃなきゃ」って考えるような、退屈な人間になってはいけないって。それで私は、幼稚園の健康診断の日に大変な目にあったんだから。
冨士 どういうこと?
リズ 服を脱いだとき、ほかの子はみんな無地の白いパンツをはいていたの。でも私だけ、蛍光イエローの生地にヤシの木の絵が描いてある小さなスキャンティだった。おかげで、「わ~、おまえのパンツ、エッチ!」って、みんなに言われちゃって。
冨士 いいじゃない。可愛いパンツだったんだから。
リズ そう、そのときも私が「恥ずかしかった」って言ったら、「どうして、ほかの子と同じパンツをはきたがるの?」って。
まあ、両親の知り合いが夜な夜な集まって、朝まで酒盛りをしているような変な家だったしね。朝起きると居間で酔っぱらいのお客さんたちが倒れていて、私は部屋に散らばっている柿の種を朝ご飯代わりに口に入れてから学校に行ってた。