ベレンの目線

リスボンから米国のシカゴへ引っ越し、忙しさはさらに加速したが、傍らにはいつも思慮深そうな瞳で、落ち着きのない私を見つめているベレンがいた。

抱っこを嫌い、猫らしい甘えた仕草はまったくしなかったが、いつも少し離れた位置から、エジプトのバステト神のような凜とした姿勢で、じっと私を眺めているのである。

そんなベレンの目線に気がつくたび、仕事が忙しいのを理由に精神的なゆとりを失っている自分が恥ずかしく、愚かしく感じられたものだった。

バステトは猫を模(かたど)ったエジプトの女神だが、その目は人の悪事を見抜くものとされていた。猫に見つめられることで自分を客観視できるあの感覚を、きっと古代の人も感じていたのだろう。

ちなみにバステトは人間を病気や悪霊から守り、豊穣と芸術を司る神でもある。ベレンとともに歩んできたこの15年は、まさに表現という生産性に満ちた日々だった。