別れはつらいけれど

3年ほど前、そんなベレンと私の暮らしがテレビで紹介されたことがあった。臆病なので息子が撮影するというのを条件につくられたその番組は、一冊の本にもなった。

一生の記念ができて嬉しかったが、ベレンとの暮らしはそれからもまだ、彼女がヨレヨレのお婆さんになるまで続くはずだと信じていた。そして、そうした楽しい思い出が増えるほど、家族の誰よりも私の依存度が高かっただけに、彼女にやがて訪れる死が怖くてならなかった。

人生とはなかなか思い通りにはいかないものである。だからこそ、人は謙虚になれるということを、ベレンはあの思慮深い目線越しに何度も教えてくれていた。

別れはつらいけれど、だとしたら最初から会わなかったほうが良かったのか、という話になる。ベレンのあの瞳に見つめられることはもうないが、自分と、そして自分の生きる世界を省みる気持ちを忘れず、この命を余すことなく生きていこうと思う。

ベレン、また会おうね。


歩きながら考える』(著:ヤマザキマリ/中公新書ラクレ)

パンデミック下、日本に長期滞在することになった「旅する漫画家」ヤマザキマリ。思いがけなく移動の自由を奪われた日々の中で思索を重ね、様々な気づきや発見があった。「日本らしさ」とは何か? 倫理の異なる集団同士の争いを回避するためには? そして私たちは、この先行き不透明な世界をどう生きていけば良いのか? 自分の頭で考えるための知恵とユーモアがつまった1冊。たちどまったままではいられない。新たな歩みを始めよう!