2015年8月28日撮影 写真提供:読売新聞社
2019年1月12日、82歳で亡くなった女優の市原悦子さん。この世を去る半年前に本誌のインタビューを受けてくださっていました。2014年に伴侶を亡くし、16年11月に自己免疫性脊髄炎という病に倒れたものの、心も体も徐々に回復し、仕事への復帰を果たしたタイミングでの取材でした。思うに任せない自身の体調、それでもわいてくる仕事への意欲など、今にもあの声が聞こえてきそうな語り口調をぜひご覧ください。(構成=平林理恵)

ギャングのようないでたちで、スタッフをお出迎え

「むかーし、むかし、あるところに、正直者のおじいさんが住んでおった──」

〈車椅子でマイクの前に座った市原悦子さんの、ハリのある声が室内に響く。『まんが日本昔ばなし』を彷彿とさせる独特の節回し。2016年11月以来、活動を休んでいた市原さんは、2019年3月、NHK『おやすみ日本 眠いいね!』内の1コーナー「日本眠いい昔ばなし」の朗読で復帰。これは、眠れない人を安眠に誘うというコンセプトの番組だ。取材当日は、復帰後3回目の収録が、都内の自宅で行われていた〉

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2回目までの収録は、パジャマのままベッドの上で、だったの。車椅子なんて全然考えられなかった。でも周りの人たちに「今度はベッドから出て収録してみたら?」と背中を押されましてね。ベッドの上だと声が弱くなるのかしらと不安になって、思い切って車椅子で録ることに決めたんです。

それで洋服に着替え、ギャングの親分のようなハットにサングラスをかけて、車椅子でNHKの方々をお迎えしました。すごくうけてね……。真っ先に入ってきたプロデューサーさんが、テーブルについている私を見て、お見舞いのお花を手にしたまま、びっくりして固まってるの(笑)。続いて入ってきたスタッフも次々固まっちゃって、大成功だったわ。

朗読する原稿は1週間前にいただいて、1日おきくらいに目で読んだり考えたり。でも、声に出して読むのは、収録のとき一度きりです。お稽古をしていないぶん、声を出すのが、新鮮に感じますね。今日の原稿は、「こんなわかりにくい話、夜中に聞かされたら、かえって眠れなくなっちゃうわ」と思いながら読みました。(笑)

声はね、出さないでいると小さく縮んじゃうから、いつも大きな声で冗談を言って、笑って、歌って、みんなと楽しく過ごすことを心がけています。病気で10ヵ月ほど入院していたので、退院してしばらくは声も弱かったの。でも、その後友人たちと歌を歌うようになって、それがすごくよかったみたい。

歌を歌うと、腹筋も使うし、気持ちも晴れるし、聞いたところによると肝臓に溜まった毒素も外に吐き出せるんですって。楽しく歌っているうちにだんだん大きい声が出せるようになり、今ではこうして朗読のお仕事ができるまでに快復しました。