茅ヶ崎でのできごとは今も謎のまま
彼女の気持ちは薄々気づいてはいましたが、僕は、ちょっと距離を置こうとしていました。三木のり平さんの喜劇映画「社長」シリーズや、美空ひばりさん、江利チエミさん、雪村いづみさんの三人娘が出る映画の音楽も全部僕が担当していたので、とにかく仕事が忙しかった。
ですから女の人と付き合っている場合じゃない、と思っていたんです。今はもっと音楽の勉強をしなくてはいけない、という気持ちもありました。
それでも時々電話をかけてきて、話し出すとなかなか電話を切らない(笑)。まぁ、僕も電話に付き合っていたんですから、憎からず思っていたのでしょう。でもとくにデートすることもなく、2年くらい過ぎたように思います。
ある日、茅ヶ崎に住んでいる徳川夢声さんのお嬢さんから電話がかかってきて、「中村メイコさんがうちに来て、神津さんに連絡してくれと言うんだけど、ちょっとこちらまで来てくれませんか」と言います。
事情を聞くと、なんでも入水したけれど助かった、と。慌てて中村家にも連絡したら、彼女が行方不明だというので、僕は茅ヶ崎まで迎えに行くことにしました。
でも、どう考えても入水自殺するようなタイプではないし、もしかしたら恋の策略かもしれない、と。彼女は子どもの頃から芸能界にいて、小学校もほとんど通っていません。ですから、正しく生きなくてはいけない、みたいな教育も受けていない。
昔の芸能界は礼儀にはうるさかったけれど、男女の人間模様は今より濃厚だっただろうし、子どもの頃からそういう世界に身を置いていたので、ちょっとませた考え方をしていたのかもしれません。
その時の出来事について、僕はあえて彼女には真相を聞きませんでした。聞いてもきっと、「本気だった」と答えるだろうし、問い詰めるのはかわいそうですから。